テレワーク環境で顕在化する「自律神経の乱れ」とその背景
在宅勤務が引き起こす特有のストレスと自律神経への影響
近年、働き方改革などを契機として多様な働き方として定着したテレワーク(在宅勤務)ですが、それに伴い「なんとなく体調が悪い」「疲れがなかなか取れない」といった見えない疲労感を訴えるビジネスパーソンが増加傾向にあります。厚生労働省が策定した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」等でも指摘されているように、テレワーク環境には特有のストレス(心身に過度な負荷がかかる状態)要因が潜んでいます。
最大の要因として挙げられるのは、仕事と生活(プライベート)の時間の区別が曖昧になることです。オフィスに出社する従来の働き方と異なり、物理的な移動空間がないため、無意識のうちに長時間労働に陥りやすく、結果として心身の疲労を過剰に蓄積させてしまいます。さらに、同僚との雑談やちょっとした業務相談の機会が激減することによるコミュニケーション不足も大きな問題です。これにより、業務に対する孤独感や不安感を抱えやすくなり、精神的なストレスとなります。また、通勤という日常的な身体活動がなくなることで運動不足に陥り、これが肩こりや腰痛などの直接的な身体的負荷を引き起こします。
私たちの身体は、交感神経(活動時や緊張時に優位になる神経)と副交感神経(休息時やリラックス時に優位になる神経)という二つの自律神経がシーソーのようにバランスを取りながら働いています。しかし、上記のような長期的なストレスや長時間労働、不規則な生活環境下に置かれ続けると、この二つの神経のバランスが大きく崩れ、交感神経ばかりが過剰に優位になり続ける状態が引き起こされます。これが、いわゆる「自律神経の乱れ」と呼ばれる状態であり、後述するさまざまな心身の不調の根本的な原因となっていくのです。
自律神経が乱れた際に現れる身体的・精神的なサイン
自律神経の乱れ(自律神経失調症など)は、特定の臓器に明らかな病変が見当たらないにもかかわらず、全身にさまざまな不調を引き起こすのが特徴です。日本臨床内科医会の啓発資料によれば、自律神経失調症は「検査結果だけで語ることができない病気」であり、症状はその人の弱い部分に現れやすいとされています。自身の状態を把握するためにも、以下のような初期症状のサインを見逃さないことが重要です。
- 全身の倦怠感や慢性的な疲労感、身体のだるさ
- 原因不明の頭痛、頭の重さ、めまい、立ちくらみ
- 睡眠障害(寝つきが悪い、途中で何度も目が覚める、朝起きられないなど)
- 消化器症状(胃痛、食欲不振、慢性的な下痢や便秘など)
- 精神的症状(理由のない不安感、イライラ、気分の落ち込み、集中力の低下など)
上記の箇条書きで挙げた症状は、あくまで自律神経が乱れた際に見られる代表的なサインの一部に過ぎません。実際には、手足のしびれや冷え、動悸、息切れ、多汗など、非常に多岐にわたる症状が存在します。また、体質的にお腹が弱い人には過敏性腸症候群(腸のぜん動運動に異常が起こり腹痛を伴う状態)のような症状が出やすく、肩がこりやすい人には頑固な肩こりや背中の痛みとして現れるなど、症状の出方には大きな個人差があるのも特徴です。
さらに厄介なのは、これらの症状が一つだけ単独で現れるとは限らず、いくつもの症状がかわるがわる現れたり、同時に重なったりすることです。例えば、「夜眠れない状態が続いた結果、朝の倦怠感がひどくなり、仕事への集中力が低下してさらなるストレスを抱え込む」といった悪循環に陥るケースも少なくありません。こうした不調のサインを「ただの疲れだ」「我慢すればいつか治るだろう」と自己判断で放置してしまうと、症状がさらに慢性化し、日常生活や仕事のパフォーマンスに深刻な影響を及ぼす可能性があります。そのため、自身の心身の小さな変化にいち早く気づき、早期に適切なセルフケアを講じることが極めて重要になります。
自律神経のバランスを取り戻す!今日から実践できるセルフケア
テレワークのメリハリをつける「5つのルーティンアクション」
福岡市雇用労働相談センターが公開している「メンタルヘルスの予防と対応のエッセンス」では、テレワーク環境下において個人が心身の状態を健康に保ちパフォーマンスを発揮するための「セルフケア(自分自身で行う健康管理の工夫)」が不可欠であると説かれています。特に、仕事のオンとオフを明確にするための「リズム作り」として、以下の5つのルーティンアクションを毎日の生活に取り入れることが強く推奨されています。
- いつも同じ時間に起きて、必ず朝食をとる
- 少なくとも1日に1度は必ず家の外に出る
- 自宅の限られたスペースでもできる適度な運動を取り入れる
- 仕事の開始前と終了後に、身だしなみをきちんと整える
- 仕事の前後にノート(メモ)を付け、タスクを可視化して整理する
これら5つの行動は、どうしても時間感覚が曖昧になりがちなテレワーク生活に対して強制的に区切りをもたらし、自律神経の働きを整える上で非常に効果的です。毎朝同じ時間に起きて朝食をとることで、狂いがちな体内時計がリセットされ、睡眠と覚醒のリズムが安定します。また、1日1回は外に出て太陽の光を浴びることや、軽い運動を行うことは、セロトニン(精神を安定させる脳内の神経伝達物質)の分泌を促し、夜間の良質な睡眠に不可欠なメラトニンの生成を大きく助けます。
さらに、「身だしなみを整える」という行為は、たとえオンライン会議がなく誰にも会わない在宅勤務の日であっても、脳に対して「これから仕事モードに入る」という強力なスイッチを入れる役割を果たします。そして、業務終了時にはタスクをノートに書き出して整理することで、「今日の仕事はここまで」という明確な区切り(オフのスイッチ)を作ることができます。もし仕事時間外に業務上の懸念事項を思い出してしまった場合は、メモだけ取ってすぐに忘れてしまい、そこからToDoリストを振り返らないようにすることが、休息時間に仕事のプレッシャーを引っぱらないための重要なコツです。
長時間作業を防ぎ身体的負担を和らげる「作業環境の整備」
テレワーク時の自律神経の乱れを防ぐためには、生活リズムの改善だけでなく、物理的な作業環境を見直すことも欠かせません。厚生労働省の「テレワークを行う労働者の安全衛生を確保するためのチェックリスト(事業者用)」や、長野産業保健総合支援センターの研修資料などを総合すると、長時間のデスクワークがもたらす心身への悪影響を軽減するためには、以下のポイントを意識した環境づくりが求められます。
- 情報機器作業(VDT作業)時の意識的なまばたきと、定期的な小休止の確保
- 室温17℃~28℃、相対湿度40%~70%を目安とした快適な室内環境の維持
- 眼、肩、腕、腰に過度な負担がかからない、無理のない姿勢が保てるデスク環境の構築
長時間のパソコン作業は、ディスプレイを凝視し続ける行為に他なりません。これにより、まばたきの回数が無意識のうちに極端に減少し、目の周りの筋肉が緊張して血流が低下する「VDT症候群(パソコンやスマートフォンなどの情報機器を使用した長時間の作業によって引き起こされる心身の不調)」を招きやすくなります。これを防ぐためには、作業中に意識的にまばたきを行い、1時間ごとに席を立ってストレッチをするなど、こまめな休息を挟んで筋肉の緊張を解くことが重要です。
また、作業環境の室温や湿度が適切に保たれていないと、暑さや寒さ、不快感そのものが身体への慢性的なストレスとなり、自律神経を強く刺激してしまいます。エアコン等の風が直接身体に当たり続けないよう風向を工夫しながら、自身が最も快適だと感じる空間を維持してください。さらに、静的筋緊張(同じ姿勢を長時間保ち続けることによる筋肉のこわばり)を防ぐためにも、手足を適切に伸ばせる空間を確保し、身体に合わない椅子や机での作業を避けることが、結果的に自律神経への負担を最小限に抑えることに繋がります。
こころを休ませる意識的な休息法と、専門機関への相談の目安
生活環境や作業環境を整えることに加え、脳を意図的に休ませる心理的なアプローチも自律神経の回復には不可欠です。「こころの耳(働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)」では、専門家からのアドバイスとして、脳を効果的に休ませるための工夫が提案されています。現代のビジネスパーソンは、常に情報の波にさらされており、脳が休まる暇がありません。
そこで有効なのが、「ながら作業」を意図的にやめ、一つの行動や感覚に深く集中する時間を作ることです。例えば、テレビやインターネットのニュースを見ながら昼食のカップ麺をすするといったマルチタスクの時間を少しだけ手放してみましょう。その代わりに、自宅でいれる紅茶やコーヒーの香りをじっくりと堪能してみたり、食事の具材一つひとつの味や食感にだけ注意を向けてみたりするのです。このように「今この瞬間の感覚」だけに集中するマインドフルネス的なアプローチは、仕事の不安など先々のことばかりを考え続けて疲弊した脳をリセットし、副交感神経を優位にして心身をリラックスさせる効果が期待できます。
まとめ
テレワークという新しい働き方は、通勤のストレスから解放されるなどの利点がある一方で、長時間労働や運動不足、仕事とプライベートの境界線の消失など、気づかないうちに自律神経に多大なストレスを与えやすい環境でもあります。今回ご紹介した「5つのルーティン」の構築や、適切な作業環境への見直し、そして脳を休ませる意識的な休息といったセルフケアを日々の生活に少しずつ取り入れることで、自律神経の乱れを予防し、健やかな心身を維持していくことが可能です。
ただし、これらのセルフケアの手法や効果には個人差があります。生活習慣を改善しても「強い倦怠感が一向に抜けない」「不眠状態が続いている」「めまいや動悸などの症状が重い」といった深刻なサインが見られる場合は、決して無理をしてはいけません。自律神経の乱れの裏には別の疾患が隠れている可能性もあるため、早めに心療内科や精神科などの専門の医療機関を受診し、医師の適切な診断と治療を受けることを強くお勧めします。自分自身のこころとからだの声にしっかりと耳を傾け、無理のない持続可能な働き方を実現していきましょう。